短編作


哲学的思考 1

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 弥一(みち)が、エレナ(Ellena)に出逢ったのは、弥一の事務所の最寄り駅だった。日本人離れした顔のパーツの大きさとマッチしない背の高さが、弥一には親しみやすい雰囲気だった。日本人平均身長の弥一は、雰囲気日本人、体は西洋人のエレナに一目惚れした。
 弥一が、エレナと初めて交わした言葉は、「ちょっと、いいですか?」だった。背後から聞こえた声に振り向いた弥一は、「は…」。「い」を発声するのを忘れるほど、エレナは超ドストライクだった。
 弥一は毎日、10時ごろから事務所に行く。その日も、最寄り駅のコンビニに寄ってから、事務所に向かうつもりだった。そのコンビニに入る手前で、運命の出逢いを果たしてしまった。
 エレナは、弥一の目線と同じ高さで、じっと弥一の眼を見ている。髪は毛先がバラバラのショート。この情報だけで、弥一は惚れるのに十分だった。言葉で表現できないほど、運命の出会いをあっさり、しっかり感じていた。
 「失礼ですが、モデルのご経験ありますか?」と、エレナは続けた。雷の様な衝撃を感じて全身に緊張が走っていた弥一は、「はい?」と、答えるのが精一杯だった。エレナは、弥一から緊張の表情を読んだ。すぐさま背負っていたバックパックをお腹側に回し、チャックを開け、名刺入れを取り出し、一枚の名刺を差し出した。
 「私は、こういう者です。」と、名刺を受け取った弥一は、怪しいと心の中で呟いた。名刺には、エル・エンターテイメント(Elle Entertainment)代表エレナ・ブロック(Ellena Block)と刷られていた。そして、ふと住所を見ると、弥一の事務所があるマンションだった。弥一は、思わず
 「あ。これって…」と呟くように言うと、エレナは、
 「ここから直ぐのところに私の事務所があるので、そちらでお話ししましょう。」と、弥一に体を寄せて来た。カチンコチンになった弥一は、そのまま連れて行かれたのでした。


 エレナは、弥一を事務所の椅子に座らせて言った。
 「こんなことをして、ごめんなさい。でも、信じてください。あなたに悪いことはしません。」その悲しげで、切実そうな表情は、弥一の人を助けたい衝動的感情をくすぐった。
 「実は、撮影で出演する子が病気で、困ってるんです。」と、切り出された弥一は、頭は意外に冷静だった。
 「まだ、自分の名前も知らないのに…。必死か、嘘か。」と考えていた。
 必死なエレナは、続けた。
 「会ったばかりで、不躾なのは分かっています。でも、ちょうど病気になった子と年恰好が似ていたので、つい衝動的に連れてきてしまいました。本当に、すいません。」
 弥一の対面に座っているエレナは、頭を下げて、弥一を見上げながら、訴える。
 「今日の14時から撮影なので、そこに行って、代わりに出演してもらえませんか。」
 「弱い…なんて弱いんだ…。かわいい。好きな子を助けられるなら、まぁ、いっか。今日の仕事の予定は、明日にしよう。」と、上目遣いのエレナを見ながら、心の中で白旗を振った。完全に下心満載、思考停止の弥一だったが、職業上の意識は失っていなかった。
 「エレナさんが、お困りのことはよく分かりました。今、エレナさんが、現状を何とかしたいと言うお気持ちは理解できます。」そう言いながら、真剣に真っ直ぐエレナの眼を見た。
 「私は、鈴木弥一と言います。ここ、同じマンションで、相談業をしてます。職業柄、エレナさんの今おっしゃったお悩み解消の仕方をご案内したくなってしまいました。もし、よろしければですが、いかがでしょうか。」
 エレナは、怪訝そうに、
 「今日の撮影は、鈴木さんが代行していただければ、悩みは解消するんですけど…。」と、言ったが、弥一の話を聞かないと、撮影に行ってくれないかもと思い直し、
 「とりあえず…聞いてみます…。」と、答えた。

 「わかりました。では。」と、弥一は言い、話し始めた。

 「まず、エレナさんが、私に声をかける前から振り返ります。その時、エレナさんは、今日撮影に行くはずだった方が、病欠になり、とても焦っていました。何とかして、出演者を確保しなければいけない状況と理解していたはずです。そこで、駅前で私を見かけ、病欠した方と年恰好が似ていたため、強引に話を進めようとしました。」弥一は、エレナの感情的にならない様、ゆっくりと穏やかに伝えた。

 「そうです。その通りです。」と、エレナは全身で肯定した。

 「私が、相談業でお客様にお薦めしている悩みを解消するやり方は、1・2・3です。1は、感情が揺らぐ出来事が起きた時のことです。心配したり、イライラしたり、感情が揺らぐのは、必ずその前に何か出来事が起こっています。

 例えば、取引先から納品のプレッシャーを受ける電話があったから、心配になったとか、夕飯の献立を考えていたら、朝に夫と喧嘩したことを思い出して、イライラしたとかです。

 感情が揺らいだら、その感情を押さえ込もうとしたり、抵抗しようとしたり、抗うことをしないことです。ただ、感情を感じるということです。よろしいでしょうか?」エレナは、弥一に眼を見られて話されているが、あまり真剣には聞いていなかった。

 弥一は、続けた。

 「2は、感情が揺らいだ後のことです。感情を感じていると、そのうち、その感情が小さくなっていきます。そして、その感情の起伏が小さくなった後に、どうやったら楽しくなるかを考えて、自分の気分や機嫌を良くします。

 例えば、心配する気持ちがほとんどなくなったら、取引先への納品が完璧にできて、プレッシャーをかけてきた相手から、心から感謝されることを考えます。また、イライラが治ったら、喧嘩した夫が、謝ってきて優しく接してくれることを考えます。

 感情が揺らいでるうちは、何もしてはいけないと言っているのではなく、感情の起伏に対してだけ、抗うことはしない様にしてみませんかと提案しているのです。車を運転していて、感情が揺らいだから、車の運転を止めて、何もしないでいなければならないなどと誤解をしない様にしてください。

 感情が小さくなったら、都合の良い様に考えて、自分の気分や機嫌を取るということです。ここまでの内容で、分からないところはありますか?」弥一は、ふぅっと一息ついた。

 エレナは、自分の行動を振り返り、ちょっと普通のコンサルタントやカウンセリング、コーチングとは違うなと思い始めていた。

 「大丈夫です。どうぞ、続けてください。」と、答えた。

 弥一は、エレナの眼を見続けながら、また話し始めた。

 「3は、都合の良い思考の後のことです。気分や機嫌が良くなったら、今何をやりたいかを見つけて、発言したり、行動したりします。

 例えば、今やりたいことを考えたら、焦って納品を急ぐよりも、ひとつ一つ丁寧に確実に仕上げていきたいと思い立てば、それが答えです。また、夫が謝ってきやすい様に、つんけんした態度を取らないように接したいと思えば、それをするということです。

 大事なことは、心配やイライラなどの感情に抗った言動ではなく、自分の好きなこと、楽しいこと、やりたいことを言動するということです。

 一気にご案内しましたが、ご質問がなければ、もう少しだけお話しします。」と、エレナにボールを投げた。

 エレナは、

 「言ってることは、分かったわ。ひとつだけ、言わせてほしいことがあるんだけど。」と、無表情で言った。

 「なんでしょう」と、弥一は返した。

 「敬語じゃなくて、普通に話してくれると、もっと分かりやすいと思うの。」と、言ったエレナに、そこかいと心の中で、弥一はつっこみを入れた。

 「わかった。敬語は使わないで、次に進むよ。」と、エレナが頷いたのを確認して、話した。

 「最後に、エレナさんの今回の対応と、この1・2・3を照らし合わせるよ。」

 弥一は、前のめりに話し出した。

 「1の、エレナさんは、揺らいだ感情と、感情を揺らがせた出来事は、きちんと認識できていると思います。」

 エレナは、すぐに答えた。

 「そうね。弥一も言ってたけど、今日撮影にいくはずだった子が病欠になったってことが、感情を揺らがせた出来事ね。それで、それを聞いて、私は焦ったわ。瞬間的に脳裏に、撮影の穴を空けたら信用を失うぅとか、今後の売り上げに響くぅとか、心配になったわ。揺らいだ感情は、不安ってことになるのかしら。」

 「すばらしい。さっき言ったことを完璧に理解してる。その通りです。」弥一は、エレナの理解に、心から嬉しくなった。

 「次は、どうでしょう。2です。揺らいだ感情を感じ続けて、感情が小さくなったら、より気分良く過ごす。」と、弥一は言って、宙を見て少し考えているエレナを待った。

 「あの時は、とにかく何とかして撮影の穴を空けない様に、代行をどうしようかと、そのことばかり考えていたの。今思い返すと、ずっと不安だったと思う。揺らいだ感情が小さくなることはなくって、弥一を事務所に連れてきても、ドキドキは治らなかった。」と、エレナは心に素直に表現した。

 「おそらく、多くの人が、感情の揺らぎの原因となった出来事を変えようとして、言動しようとしたり、実際に言動しちゃうと思う。その出来事に関係している人や物を、自分の言動で何とか変えようとするし。それで、その関係している人や物が、変わるまで、揺らいだ感情は、ずっと燻り続けることになるんだよね。」と、言いながら、弥一は、エレナが共感し始めているのを感じていた。

 「そう。まだ心のどっかに不安がある感じがするかも。」と、エレナは言った。

 弥一は、ゆっくりと穏やかだが、はっきりした口調で、こう提案した。

 「私の言う通りにしないと、不幸になるとか、悪いことが起きて大変な目に遭うと言いたいわけじゃない。悩みや困りごとの解消を長く研究してきて、自分にとって良いことが起こりやすいって結果が、1・2・3なのね。エレナさえ良ければ、今やってみる?」

 エレナは、

 「とにかく、今は撮影代行のことを何とかしなきゃいけないの。弥一の方法をやれば、何とかなるなら、やる。」と、意気込んだ。

 弥一は、話し始めた。

 「エレナは、2から始めるよ。揺らいだ感情を感じ続けて、感情が小さくなったら、より気分良く過ごすってところね。今は、エレナの撮影代行への不安は、感情の揺らぎが小さくなってると思うから、より気分良く過ごすことをやってみよう。

  まず、今感じている感情の揺らぎは、無視する。だから、エレナの場合は、撮影代行をどうするかは考えないし、言動しないってこと。

  それで、無視したら、自分が楽しいことをやるだけ。例えば、楽しいことを考えても良いし、楽しく仕事をしてもいい。電話やメールでもいいし、何もしなくてもいい。感情が揺らがないで、心が平安な状態が続くことを選ぶんだ。

  一般的に楽しいって言うと、興奮したり、ワクワクしたり、笑顔になったりすることを連想するよね。だけど、ここで言う楽しいことって、好きなことと楽しいこと、やってみたいことなのね。溢れるほどの感情で、ドキドキしたり、笑顔になったり、体が動いてしまうほどの揺らぎがないことだよ。」

 エレナは、素直にそれだけ?と思った。少しの沈黙の後、エレナは聞いた。

 「何にも問題解決とか、トラブル対処の方法論だって感じがしないんだけど…。」と、エレナは心の中で、正直どうだろうと、不信感を滲ませた。

 しかし、弥一は、

 「そう。誰でも問題解決とかトラブル処理って、楽しいことじゃないんじゃないかな。もっと楽しいことがあると思うから、楽しくないことはしない方がいいの。目的や目標を達成するためじゃなくて、今楽しいと思えることを続けていくんだ。」と、被せた。

 「わかったわ。」エレナは言った。チラッと時計を見ると、11時3分だった。頭に撮影代行のことが浮かんだが、投げやりな感情も生まれ、弥一に、こう言った。

 「心が落ち着く、楽しいことでしょ。それなら、病欠の連絡を受けて、朝ごはんを食べ損ねたから、お腹が減ってるし。早いランチにするわ。」

 弥一は、

 「いいね。そういう感じ。じゃ、私は自分の事務所に戻るよ。ご飯を食べ終わって、何か話したいことがあったら来てね。」と、名刺を置いて、エレナの事務所を出た。

 「エレナです。話したいことがあるの。」と、エレナが、弥一の事務所に訪ねてきたのは、12時半ごろだった。弥一が、ドアを開けるなり、エレナはすっかり興奮して、笑顔で言った。

 「聞いて。さっきブランチを食べ終えて、少し怖かったし、どうしようかと迷いはあったけど…。」弥一は、良いことがあったと確信し、エレナの笑顔にデレた。

 「私、思い切って、好きなドライブに出てみたの。30分ぐらいだったんだけど、久しぶりのドライブで、気持ちが良くて、仕事のことを忘れられたわ。それで事務所に帰ってきたんだけど、そしたら、今日の撮影の製作会社から連絡があって、撮影が延期になったの。向こうは、申し訳ないって謝ってたんだけど、私は、笑わない様に必死だったの。で、電話終わってから、弥一が言ってたのは、これなのかなって思って、ありがとうも言いたかったし。とりあえず、ありがとう。」と、エレナは、弥一に満面の笑みを魅せた。

 「そうなんだよね。今の自分の状態に合わせた環境にどんどんなっていくって、感じるだぁ。心の平安が続くことを選べば、自分にとって良いことがずっと続くよ。簡単なんだけど、うまくいっている人を研究した結果なんだぁ。」弥一は、デレながらも、真面目風に答えた。

 「それで、これからも、ちょっと相談に乗ってほしいなぁって思ってるんだけど。よろしくお願いします。」と、エレナは笑った。

 弥一も、全力で答えた。

 「こちらこそ。よろしくお願いします。」

哲学的思考 2

音声動画2−1

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 エレナは、弥一の事務所に相談をしに来ていた。最初にふたりが出会った日から、1週間が経っていた。

 「話を聞かせて、エレナ。」と、弥一は、促した。

 エレナは、恥ずかしがりながら口を開いた。

 「実は、結構私、コンプレックスの塊で…、もっと綺麗になりたいって思ってて。」と、ゆっくり話し始めた。

 「スキンケアとか、ヘアケアとかは、怠らないし、それなりだと思うんだけど、やっぱり体型を変えるのは難しくて。ジムのパーソナルトレーニングとか、ヨガのレッスンとかやっても、長くは続かなくって。でも、やっぱりキレイになりたいんだよね。」と、言うエレナの表情からは、真剣さが、弥一に伝わっていた。

 「なるほど。」と、弥一は頷いた。

 「前に話した1・2・3は覚えてると思うけど、今からは、それを深掘りしていくからね。」と、言い、弥一はエレナの承諾を得た。

 「基本的には、感情に振り回されず、楽しいと思えることを、穏やかな心でいることができることをしていけば良いんだ。それは、できる限り言動をしないってことなんだよね。綺麗になりたいとか、何かが食べたいとか、洋服や車がほしいとか、欲求に従って言動するんじゃないのね。その感情を感じているうちに、小さくなっていくと、言動しなくて良いって思えることと、どうしても言動したいって思えることになるんだ。

 例えば、トイレとか、食事とかは、限界があるよね。言動せざるを得なくなることって、少ないんだよ。」と、弥一が言い終えると、エレナはすぐさま口を開いた。

 「私の体型を変えたいっていう感情は、言動しなくて良いって思えることだったんだぁ。」と、笑顔で納得した。

 弥一は、エレナの納得した様子が嬉しくて、説明が止まらなかった。

 「そこで、もう一度思い出して、エレナ。感情の揺らぎが小さくなったら、どうするんだっけ?“2”のことだけど、覚えてる?」

 エレナは、少し考えて答えた。

 「自分にとって、都合のいい様に考えるだったよね。」

 弥一は、嬉しさが止まらない。

 「と、いうことは…、エレナの言動しなくて良い体型を変えたいっていう望みは…」と、弥一は、エレナの気づきを促していた。

 「何もしなくても、体型が変わっちゃうってこと!?待って!それなら、嬉しいんだけどっ!」と、エレナは歓喜した。

 弥一は、すかさず言った。

 「自分にとって都合良く考えただけだからね。都合よく考えたことによる結果を期待するんじゃなくて、何もしなくても体型を変えられるとしたら、今何したいかを考えてみるんだよ。」

 エレナは、少し落胆したが、気を引き締めるように言った。

 「そうね。そうよね。心が平安じゃなかったわ。何もしなくても大丈夫だとしたら、今何をしたいかな…。」しばらく考えて、エレナは納得して、はっきり言った。

 「私は、ただ楽しいことをしたかっただけだったんだぁ。」

 弥一は、満面の笑みで言った。

 「ね。やっぱり楽しいことしたいよね。」

哲学的思考 3

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 弥一とエレナは、エレナの祖父が救急車で運ばれた病院へ向かっていた。運転しているエレナの横顔を意識しながら、弥一は、切り出した。

 「エレナ、そろそろ説明してもらっていいかな?」

 エレナは、

 「わかった。」と、一呼吸置いてから、話し始めた。

 「実は、うちの家系は貴族だったって聞いてるわ。今は、少し大きいうちに住んでる一般人だけど。昔は、政財界の人たちとの交流や、ビジネスをやってたって聞いてる。私が物心ついた頃には、祖父は、世界や地球のことに、いろいろ貢献しようとしていたみたい。小さい時から、世界の人々と仲良くすることとか、地球の資源を大切に使うことの話をしてくれたわ。」

 弥一は、

 「へぇ…。」と、相槌を撃った。

 「最近は、国同士や、コミュニティ関係、人間関係で、争いごとが多くなって、祖父は気に病んでいたの。母も、祖父の心労を心配をしていて。そんな時に、病院に運ばれたって電話があったってこと。」と、エレナは運転に集中しているせいか、冷静な口調だった。

 弥一は、

 「なるほどー。いや、別にイヤではないけど、なんで一緒に行くのかな?」と、聞いた。

 エレナは、前を見ながら話を続けた。

 「前から、弥一のことは、母に、相談のプロってことで話をしていたの。祖父は、前から脚の付け根が痛いって言ってて、歩きづらそうにしてた。歩けないほど痛くなったのは、今回が初めてで。いろんな病院で診てもらっても、ひとつの症状じゃないの。だから、母と、少しでも祖父が良くなればと思って、無理を言ってついてきてもらったってわけ。ごめんね、急に。また強引に連れてきちゃったね。」

 弥一は、

 「まー、大丈夫。できる限りのことはさせてもらうつもりだけど、結果は期待しないでね。」と、諭すように言うと、助手席のシートを倒し、

 「じゃ、着くまで、少し休ませて。昔から、車に乗るとすぐ眠たくなるんだよね。」と、欠伸をした。

 エレナは、何事にもあまり動じない弥一に、少し頼もしさを感じていた。

 

 「着いたよー。」弥一は、エレナの声で目を覚ました。ゆっくり助手席のシートを戻し、眠い目をこすりながら言った。

 「おはよ。ぐっすり寝ちゃった。ここはどこ?」

 エレナは、シートベルトを外しながら、答えた。

 「病院の駐車場よ。1時間ぐらい寝てたわ。さぁ、行こう。」

 弥一は、欠伸をしながら、車を出た。エレナの少し後ろをついて行く。部屋番号は分かっているのか、入院病棟へ向かっているようだった。

 そして、割と大きめな個室の前に着くと、エレナは、弥一に向いて言った。

 「ここよ。じゃ、入るからね。よろしくお願いね。」

 弥一は、こくり頷くと、エレナは、個室のドアをノックして、入って行った。お邪魔しますと入ると、ベッドに横たわるエレナの祖父と、その脇に座るエレナの母がいた。

 すぐに、母が口を開いた。

 「よく来てくれたわね。エレナ。初めまして。鈴木弥一さん。エレナの母です。」

 エレナは、

 「面会時間に間に合ってよかったー。おじいちゃんは、寝てるのね。起きるまで、少し待とう。」と、弥一をベッド脇にある椅子に腰掛けるよう促した。

 弥一は、

 「こんにちは。初めまして。エレナさんから、少し事情を説明していただきました。ご要望をおっしゃっていただければ、できる限りのことはするつもりです。よろしくお願いします。」と、頭を下げた。

 「ありがとうございます。こちら、どうぞ、召し上がってください。」母は、そう言いながら、椅子から立ち上がり、エレナと弥一に、ベッドテーブルに置いてあるペットボトルの飲み物と、高級そうな缶入りのお菓子を勧め、話し始めた。

 「父の股関節痛は、数ヶ月前から症状として出始めて、いろいろな病院で診てはもらったんですが、統一的な診断や見解には至らなくて…。おそらく原因がよくわからないということのようなんです。父も、まさか、歩けなくなるほどの痛みになるとは、思っていなかったみたいで…。こういうご相談は、多い方なのでしょうか?どうしたら良いのかわからなくて。」

 弥一は、少しエレナを見てから、母に向き直り、答えた。

 「ご相談の承り方には、いくつかありまして。お客様の目的を達成するサポートのご依頼ですと、お客様自身が、しなければいけないことや、すべきことはありません。端的に申し上げれば、依頼をしたあとは、目的達成の結果を待つだけということになります。お客様が、方法論を学びながら目的達成のサポートをご希望の場合は、お話をしながら目的を達成していくということになります。」

 ここで、エレナが、口を開いた。

 「母と私の想いは、祖父が元気になってくれればいいだけ。脚の付け根の痛みがなくなって、普通に歩けるようになってくれればいいわ。」母も、静かに頷いた。

 弥一は、

 「では、エレナさんとお母様から、エレナさんのお祖父様の股関節痛が治り、普通に歩けるようになるというご依頼を承ります。ご依頼に関して、ご承諾いただくこととしましては、ご依頼を保証しないということと、お客様が費用を決めてお支払いいただくことの2点です。よろしいでしょうか?」と、エレナと母を交互に見ながら、説明した。

 エレナは、

 「依頼を保証しないってことは、祖父の股関節痛が治らないかもしれないし、普通に歩けるようにならないかもしれないってこと?」と、聞いた。

 弥一は、

 「はい。エレナには、前に伝えたけど、どんなことに対しても、結果を期待しているうちは、目的達成の可能性が高くならないんだよね。その代わりと言っては何だけど、費用の金額は1円以上で、お客様が決めてお支払いくださいって感じにしてるんだー。依頼の報酬じゃなくて、依頼内容で、依頼を受けるかどうかを決めてるんだよ。」と、真摯に答えた。

 今度は、母が聞いてきた。

 「父に、鈴木さんに依頼したことは、伝えるべきでしょうか?その方が、治る可能性が高いのでしょうか?」

 弥一は、

 「いえ。可能性としては、変わりません。伝えたいと、お母様がお想いになるなら、そうしていただいても構いません。どちらでも良いです。」と、答えた。

 エレナは、

 「じゃぁ、直接祖父や母に会う必要はないってこと?ごめん。ちょっと、母からの電話で祖父のことを聞かされて、テンパってた。弥一とよく話し合えばよかったね。」と、弥一に謝った。

 「まー。依頼の半分以上が、メールや電話で承ってるし、依頼の半分以上が、第三者のことに関する依頼だから、ぶっちゃけ、エレナとのやり取りだけで、依頼できたのはホントです。」と、弥一は言った。

 「ごめんなさい。でも、よく分かったし、母にも会ってもらえて、納得して依頼できたし、結果オーライかな。じゃ、帰ろー。」と、エレナはきちんと謝ったが、悪びれてはいなかった。

 「ごめんなさいね。本当に、よろしくお願いします。」と、母は、丁寧に弥一にお願いをした。

 エレナと弥一が、エレナの祖父が入院している病院を訪ねてから2日後、エレナは、弥一にメールした。

 「こんにちは、弥一。祖父が退院したの!びっくり。何をしたの?母によると、まだ普通には歩けてないみたいだけど、痛みはないみたい。ありがとう!」

 弥一は、こう返信した。

 「こんにちは、エレナ。特別何もしてないよ。エレナには話したけど、感情的言動をしないで、やりたいことを探して、今楽しいことを言動し続けていただけだよ。痛みは大丈夫そうだね。あとは普通に歩けるようになることだね。進捗状況を教えてくれると、嬉しいよ。ありがとう。」

 それに対してエレナは、「ちょっと今日は、祖父が退院して気分がいいから、また大好きなドライブに行こうと思ってるんだけど、弥一も一緒にどう?」と、送った。弥一が、全力でドライブに行ったのは言うまでもないことだった。

哲学的思考 4

音声動画4−1

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 エレナと弥一は、デートを重ねていた。この日も、エレナが好きなドライブを楽しんでいた。弥一が生まれ育った街は、エレナと弥一の関係を進展させるには完璧だった。

 弥一は、

 「思い出深い場所を、エレナに案内できて、嬉しいよ。なんかすごく受け入れてもらった感じがする。」と、素直に嬉しさを表現した。

 エレナは、

 「弥一は、とってもいいところで育ったって、よく分かったわ。弥一の思い出話も楽しくって、あっという間だったー。」と、弥一への好感を隠さなかった。

 「さぁ、そろそろ帰ろうか?」と、弥一が言うと、

 「今日は、まだ弥一と話したいことがあるんだー。」と、エレナは言い、弥一の眼を見た。

 「私、弥一が好き。言葉を大事にしているところとか、感情的じゃないけど、感情を優しく表現するところとかが、自分に合ってるって思ってる。」と、エレナは優しく伝えた。

 「これからも、弥一とふたりで、たくさんの日を一緒に過ごしていきたいと思ってるの。だからこそ、今日は、弥一の相談業のことを、聞かせてほしいって思ってるんだ。どう…かな。」と、エレナは、弥一の眼を見たまま言った。

 「ありがとう。僕もエレナが好き。ひと目みた時から、どんどん好きな気持ちが大きくなってるよ。何か聞きたいことがあれば、何でも答えるよ。大丈夫。」と、弥一は、微笑みながら答えた。

 「ありがとう。祖父は、すっかり股関節の痛みがなくなって、普通に歩けるようになったわ。母と、すごねって驚いて、感謝したんだー。でも、やっぱり不思議っていうか、スピリチュアルっていうか、何となく納得できていない気持ちもあって。弥一の特別な力なのか、よく分かってないから、少し怖い気もするの。」エレナは、弥一が気分を悪くしないか心配だった。

 「そうだよね。まだちゃんと説明していなかったからね。じゃー、今日は、研究してきたこととか、臨床の経験とか、全部ひっくるめた結論っぽいことを、エレナに伝えるよ。何か隠したり、出し惜しみすることはしないから、是非聞いてほしい。」弥一も、いつになく真剣な口調になった。

 「いいよ。ちゃんと聞くね。」と、エレナも襟を正した。

 弥一は、

 「もう10年以上も前だなー。最初は、自分や家族の体調管理のつもりで、師匠についたんだ。除霊や浄霊、入神、降神、色々な技能を教わったんだ。効果を感じれたから、相談行を始めて、お客様にも使ってた。でも、自分は能力者じゃないから、イマイチ実感が得ることが少なかったんだ。それから、色々試行錯誤して、勉強と研究、臨床をずっとしてた。

 それで、今後変わる可能性もあるけど、今のところ、これかなっていう結論に至ったんだ。それは、ふたつだけなんだよね。ひとつは、認識がより大きい人が、認識が小さい人へ影響を与えるということ。ふたつ目は、楽しいことをやることだけでしか、人へ与える影響を大きくできないということ。」弥一は、言い終えると、エレナの質問のための間を置いた。

 エレナは、しばらく考えていたが、質問した。

 「弥一と始めて会って、撮影代行の相談をした時、撮影が延期になったことっていうのは…。私より大きい認識の弥一が、私へ影響を与えて、撮影を延期にしてくれたっってこと?」と、エレナは半信半疑だった。

 「相変わらず、理解が早いね。その通りというか、そういう理解をしているということね。この結論が、本当かどうかは、証明できないから。」と、弥一は、言った。

 「じゃぁ、私は、撮影代行のことを忘れて、ドライブに行く必要はなかったってこと?」エレナは、聞いた。

 「結果的に、エレナはドライブに行ったから、それも影響したことになると思ってる。」と、弥一は、答えた。

 「分かったわ。じゃ、祖父のことは、こうね。母と私で、弥一に相談したら、祖父の股関節の痛みが治って退院できて、普通に歩けるようになったのは…。より大き認識の弥一が、祖父に影響を与えたってことね。」エレナは、聞いた。

 「はい。そういう理解でいます。」と、弥一は、答えた。

 「じゃあ、その何でも変えてしまう、より大きな認識ってのは何?」エレナは、理解しようとちょっと必死になっていた。

 「うん。認識っていうのは、理解の度合い、分かっている範囲だと思ってる。例えば、小学生が、お金って大事だよねっていう認識よりも、老人が、金は大事じゃっていう認識の方が、大きいと思わない?

 自分は、人の悩みとか困りごとを解消するには、どうしたらいいかをずっとやってきたから、その点に関しては、おそらく誰よりも認識が大きいと思ってるのね。だから、どんな人でも、どんな悩みや困りごとでも、ちゃんと結果が出たんだって理解している。」弥一は、ゆっくりと伝えていた。

 「誰でも、何事にも、認識さえ大きくすれば良いわけ?」エレナは、まだ引っかかることがあった。

 「祖父が、認識が小さいとは思わないし、私も、弥一と、そんなに大きく認識が違うなんて、思えないんだけど。認識の大きさって、測れないし、分からないでしょ。」と、エレナはツッコミをいれた。

 「さすが、エレナ。ポイントは、何の認識かってことなんだ。楽しいことをやり続けていると、本当にやりたいことっていうのに出逢えると思っていて。本当にやりたいことの認識だと、より多くの人に、より良い影響が与えられると思ってるんだ。」弥一は、エレナのツッコミに嬉しくなった。

 「ってことは、弥一は、人の悩みとか困りごとを解消すること以外に、より多くの人に、より良い影響を与えることはできないの?」エレナの理解は、ほぼ十分になってきた。

 「そうだろうと思うし、そもそも、自分にとって、楽しくないから、やろうとも思わないよ。」と、弥一は答えた。

 「なるほど~。完全に理解してはいないと思うけど、弥一の言いたいことは理解できたと思う。ありがとう。ちゃんと教えてくれて。これからも、よろしくね。」エレナは、笑顔で言った。

 エレナと弥一は、この時を境に、恋人関係に発展していくのでした。

未来妄想図 1

音声動画1

 エレナ(Ellena)と弥一(みち)は、お互いの将来を真剣に考えていた。ふたりは、愛し合ってると感じていたし、結婚も意識していた。今日は、ふたりが、将来について話をすると約束をした日だった。

 始めに、エレナは、

 「今日は、時間を作ってくれて、ありがとう。ふたりにとって、とっても大切な時間になると思ってる。」と、弥一にお礼を伝えた。

 弥一も、エレナに優しく返した。

 「こちらこそ、ありがとう。ふたりの理想は、きっと実現するって思うから、いろんなことについて話したいな。」

 「じゃ、まずは、健康第一だから、健康について、弥一の理想を教えて。」と、エレナは尋ねた。

 「そうだね。健康っていうのは、計測の指標とか、医師の診断とか、人が決めることじゃなくて、自分で決めることだと思ってるのね。自分の日常で、痛みとか動きづらさとかの症状なく動けてるなら、健康だって定義してるんだ。エレナは、どう?」と、弥一は尋ね返した。

 「私は、ガンとかの難病は怖いし、発見が早い方が、投薬とか手術で治癒できる可能性が高いから、健康診断とか人間ドックは、定期的にしたいと思ってる。」と、エレナは、のっけから価値観が正反対なことに内心驚いていた。

 「どちらが正しいとか、どちらが善いとかの話じゃないのよね。何をやりたいかの問題だから、人それぞれ違くていいし、お互いジャッジすることないよね。」と、エレナは少しフォローするように言った。

 「人は生かされてるって信じてるってのが、根底にあって。次に、怪我や障害も含めた病気や症状は、自分を守るためにあるって信じてる。だから、病気や症状で死に至るようなら、その方が自分にとってはいいってことなんだって信じているんだよ。」と、弥一は、エレナのフォロー姿勢をみて、ゆっくり説明した。

 エレナは、目をキラキラにして言った。

 「それは、素敵な考えね。生きていること自体に、とても謙虚な姿勢を感じるし、自分に起こる全てが、自分にとって良いことだって、諦めているようにも聞こえたけど、同時に信念みたいのも感じたわ。私は、弥一に賛成よ。」

 「ありがとう。じゃ、エレナは、健康診断とか人間ドック行かないことにするの?」と、弥一は聞いた。

 「やー、しばらくは行くと思う。」と、エレナは答えた。

 ずこーっと、弥一は、心の中でつぶやいた。

 「とりあえず、健康の理想は、楽しいと思えることを常に探して、今やりたいことをやっていけば、幸せだって思えるし、ストレスも解消されるし、病気や症状を患ってもすぐ治ることだね。楽しいことで心身ともに健康ってことで。」と、弥一は、締めくくった。

 「なんか、弥一らしいね。でも、弥一の理想は、私も理想だなー。本当にやりたいことができて、心身ともに充実してたら、ホント幸せだろうし、いつ死んでも後悔ないかも。」エレナは、弥一の意見に賛成した。

 「ホント、そうだよね。健康診断と人間ドックどうする?」と、弥一は、エレナに弥一が望む答えを期待した。

 「いやー。行くと思う。」と、エレナは答えた。

 いくんかいっと、弥一は、心の中でつっこんだ。

 「理想は、ふたり一緒になれたね。」と、弥一は、それでも前向きだった。

未来妄想図 2

音声動画2

 「じゃ、次は私の理想を話すわ。仕事のことよ。会社経営を通して、想ってることがあるから、聞いてほしいな。」そう言って、エレナは、語り始めた。

 「私にとっての仕事は、やりたいことをやったことが、社会に認められること。私のやりたいことが、どこか、誰かの、役に立ってるってことを自覚したい。だから、会社を経営しているし。」弥一は、聞きながら、エレナを称賛した。

 「すばらしい、エレナ。エレナの理想が、仕事の現状だってことだよね。ちゃんと自分の理想通りになってるってことだよね。ちゃんと自覚できていることが、とってもすばらしいことだと思うよ。」弥一は、気づいたら拍手していた。

 「他に仕事について、エレナの理想はある?」と、弥一は、聞いた。

 「そうね…。今の事業以外に、やりたいことがあるから、私がやる事業全部が、役立ってるってことを自覚することが理想だね。仕事だと、それ以外は望まないわ。」エレナは、どこか満足げに答えた。

 「仕事の理想は、本当にやりたいことで生計を成り立たせていけるってことかな。これも、エレナと同じだね。自分が本当にやりたいことで生計を立てられれば、自分以外の人も本当にやりたいことを見つけて生計を立てられるってことだから。そう信じているから。」弥一は、エレナと理想が、また同じことが、とても嬉しかった。

 「皆が、本当にやりたいことを仕事にできたら、どんな社会になるだろー。皆、仕事が楽しくて、嫌々仕事やったり、ハラスメントがなくなったり、労働環境もとっても良くなるのかなー。」エレナは、楽しそうに言った。

未来妄想図 3

音声動画3

 「将来のことについて話すと、やっぱり楽しくなる。理想が叶うといいなぁー、それじゃー、最後に私たちを取り巻く環境についての理想を話をして、飲みに行こう!」エレナは、上機嫌だ。

 「政治とか社会構造ってことかな?」弥一は、聞いた。

 「堅苦しくするつもりはないから、どんな環境で生きて、人生を終えたいかみたいなことで。」エレナは、話したくてうずうずしているようだった。

 「じゃぁ、エレナから。話したそうだし。」と、弥一は、レディーファーストぶった。

 エレナは、

 「では、遠慮なく…。」と、咳払いをして話し出した。

 「基本的には、皆がやりたいことをやって生活できる社会が、いいと思ってるから。人がやりたいと思うどんなことでも、きちんと評価されて報酬を得られて、生活できる社会システムができれば、いいと思ってるの。」エレナは、本当に嬉しそうに話した。

 「うふふ。みんなが輝く社会が理想。やりたいことを思いっきりやれて、生活できるなんて、私にとっては最高の社会だわ。」エレナの妄想は、最高潮に達した。

 「エレナの理想は、とっても素敵だと思ったよ。なんとなく、エレナの理想の方向に、社会が進んでいる気もするけど。これからが楽しみだね。」弥一も、エレナが楽しそうに話すのを聞いていて、楽しくなった。

 「じゃ、最後に、弥一の理想の環境を聞かせて。」エレナは、にこやかに促した。

 「そうだね。環境と呼ばれるもの全て、例えば、政治とか社会構造、社会システム、教育、福祉、医療、生活インフラとか…色々あるよね。その環境全ては、自分が変えられるって信じてるんだ。だから、自分を常に認識しながら、楽しいことの中で今やりたいことをやっていくことだけ、自分の理想通りになる。理想が実現すると思ってる。だから、理想の環境は、自分の理想。自分の理想は、自分の楽しいことをやること。本当にこの図式が成り立つと思ってる。って、ところでしょうか。」弥一は、微笑みながら、話し終えた。

 エレナは、弥一の眼をみて、

 「とっても、弥一らしいね。私は、弥一の理想を応援するよ。弥一のやりたいことで、生活できることが、私の理想の一部だから。」と、言って、エレナは、弥一に顔を近づけていった。

 とても想いの詰まったキスだった。

 真っ暗の中の、ふたつの光だった。

人生をどう生きるか

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 あなたは今まで得た知識を疑ったことはあるか?

 信じて行動してきたことが、正しいことではなかったことや、信じて従ってきた人が、善い人ではなかったという経験は、そこら中に転がっている。お金持ちの生活からの転落人生や、極貧生活からの成功体験、無節制から、コントロールされた生活など、ありふれている。学問においても、天動説から地動説、社会においても、有罪から無罪ということも起こった事実である。

 未来は分からない。いつ、自分が信じていることが変化するかは、分からないのである。信じていることが、現実になるとは限らないのである。

 因果応報、情けは人の為ならず、自分が出したもの与えたものが、返ってくるし戻ってくると信じている人もいる。それを疑いたくなる事実も、ありふれている。独裁国家の元首や、周りの人を常にイラつかせる人、道徳的人格的に評価される極貧生活を送る人などがあげられる。自分や他人の言動を戒めるためにこしらえた、洗脳であるかと思ってしまう。

 自分が選択した善の言動が、悪で返って来たり、正しい行いと信じた選択が、誤りだと非難が戻ってくるかもしれないのである。善悪や正誤、正邪、真偽の基準で、物事を判断したり、言動を選択したりすることが、より良い現実になるとは限らないのである。

 楽しかったり、嬉しかったり、面白いことが、人生をより良くすると信じている人もいる。興奮や気分の高揚を求めるあまり、違法薬物に手を出したり、傷害事件に発展したりということもある。違法性なことだけでなく、調子にのって、羽目を外して、良いとは言えない結果を招くことも、よく聞く話である。興奮や感情の昂り、はしゃいだり騒いだりを求めることは、良い現実になるとは限らないのである。

 お金を信じている人は、お金が増えることしか信じない。宗教を信じる人と、お金持ちの言動を信じる人は、特定の人の言葉しか信じない。いろいろな価値観、様々な生き方、多くの情報、何を信じて言動するかは、全く自由である。どんなことを信じようと、それが自分にとっていいと思い込んでいる。当然の如く、言動も、良いことだと決め付けている。それぞれの定義で、それぞれの人生を歩んでいる。繰り返すが、何を信じるか、どう言動するか、全くの自由である。

 悩んでいる時や、困っている時、つらい、しんどいと感じる時は、思った通りの結果や評価を得られなくて、楽しくない時、自分という存在を好きになれない時である。まず、思った通りの結果や評価を得ることを目的や目標にしないことである。自分が好きなことと楽しいこと、やりたいことを言動すること自体に、楽しさや嬉しさ、喜びを感じることである。勝負の結果や、人からの賞賛などを得てはいけないと言いたいわけではない。

 思った通りの結果や評価を得られなくても、自分の好きなことや楽しいこと、やりたいことをやれる言動自体を楽しむことによって、自分の感情や思考、意思に従えるようになる。自分に無理をしない、自分を偽らない、自分を見失わないため、自分という存在を嫌いにならないことで、人を嫌いにはならないのである。自分のやりたいことを、やることができていると、自分を信じることができる。自信があると、自分を好きになる。自分を好きであれば、自分以外の人や物を故意に傷つけることはしないのである。

 自分以外に求めること、例えば、勝つこと、儲けること、美しいこと、楽しいこと、ではなく、心の平安が常に目的であることが、自分を信じ、好きで、自由に言動することができる唯一の方法である。絵を描くことが本当に好きな人は、絵を描くことに長い時間費やすから、画家として活躍するのである。野球が好きでしょうがない人は、野球のことだけ考えて、野球ばかりをやるから、プロとして活躍するのである。何を信じるかも自由、何をするかも自由、好きなことと楽しいこと、やりたいことを探して、今を楽しむ時、人生を謳歌していると言えるのではないだろうか?

本当にやりたいこと見つけた1

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1.ずっとスマホのRPGをやっていた。「どうして、この人は、こういうことをやるんだろう。」とか「この人は、なんで、こういうことを言っちゃうのかな。」とか、人の動向によく疑問を持ちながら暮らしていた。友人の困っている姿は、放っておけなかった。弟や妹の世話をよくやらされていた。本当にやりたいことは、育てることだと気づいた。

2.父と母が離婚をした。父と弟を世話していたが、いつも喧嘩ばかりだった。母と、母の恋人を、なぜか「ずるい」と、ムカついた。自分の意地っ張りなところや、その反面甘えたい性格が、あまり人間関係が深くならない原因だと思っていた。母が亡くなって、初めて母が大好きだったんだと気づいた。本当にやりたいことは、仲良くすることだった。

3.小・中・高とずっといじめられていた。誰にも何もしていないのに、いじめの理由がわからなかった。絵を描くことが好きで、ずっと部屋でひとりでいた。高卒後、進学をしないで、部屋に引きこもって絵を描いていた。偶然見つけた、町内のロゴ制作コンテストで受賞し、商業デザインの会社に入れた。服装や髪型、出退勤時間など、自由な会社で、従業員同士の遊びが仕事になった。人と遊ぶことが、本当にやりたいことだと気づいた。

4.スピリチュアルや引き寄せの法則、潜在意識の書き換えなどに興味を持ち、ひたすら勉強しまくった。経営や仕事、恋愛や家族などの人間関係、病気・症状の悩みを、どんどん解消していった。10年以上かけて独自の理論を確立した。その他の事業で、全く成功できなかったことの理由がわかった。人を救うことが、何度も何度も本当にやりたいことだと納得した。

5.絵を描いたり、はんこを作ったり創作することが大好きだった。婚姻後、出産をして育児に専念した。夫と子供に、自分の創作したモノを食べてもらったり、使ってもらったりすることが、楽しかった。家族や友人などに、自分が興味を持ったものをひとつ一つ作っていった。最終的に、家族が喜ぶものを作り続けていきたいのだと、腑に落ちた。

6.学生時代から、不良と呼ばれる人や、真っ当な生き方とは、言えない人生を歩んでいる人が、周りにいた。社会人になってからも、結婚して子供が産まれてからも、「その考え方は、おかしいんじゃない。」や、「人として、もう少し言動を改めたほうがいいんじゃないか。」などと、言いたくなる人たちが、周りにい続けた。子供が思春期を迎えて、道を逸れそうになった時に、初めてじっくり向き合った。自分は、言葉で指摘したり指導したりすることが、本当にやりたいことだったんだと気づけた。

7.なんで、周りがこんなにバカなんだろうと思ってきた。両親の躾の厳しさが、理不尽だった。学校の先生の黒板の間違いには、失笑した。友人は、お笑い好きで、よくふざけて笑い合ってた。ある日、何気なく冗談を言ったら、先生と友人が大笑いした。本当に好きで楽しくてやりたいことは、人を笑わせることだったって、自然に思えた。

8.2コ上の姉のマネばかりしてきた。自分で考えて、何かを始めたり、作ったりすることが、めんどくさいし、うまくいかなかった。独自のものが、何もないことに苦しんだし、やる気も起きないことに悩んだ。でも、社会人になって、先輩の仕事を真似たら、上司から一目置かれるようになった。好きなタレントを真似たら、パートナーもできた。自分の本当にやりたいことは、マネることなんだと気づいた。

9.本当に好きなことは、欺くことだったと気づいた時は、すごく罪悪感に苛まれた。でも、自分なりに、人に役立つように利用しようと思いついたら、すごく嬉しくなった。昔から、ウソをつくことが平気だったし、ウソがバレることにも悪気はなかった。社会人になって、世の中がウソばかりであることに幻滅した。自分がどういう人生を送りたいのか分からずに苦悩していた。

10.本当にキライなことは、自分がカッコ悪いと思うことだった。自分が、人に役立つことができることに憧れて、人を助ける仕事に就いた。家族に不自由な思いをさせたくなくて、社長になった。たくさん稼げても、従業員から嫌われて、ひとり社長になった。目標を見失い、人生に迷った。自分で自分をカッコいいと思えることが、本当に嬉しいことだと気づけたら、やる気満々になった。

本当にやりたいこと見つけた2

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11.都市部に生まれ育ち、厳しく躾けられ、理論的整合性を教えられた。私立の学校では、オール4の成績で、東証一部上場の企業に就職した。社会や世の中の仕組み、科学や歴史が大好きで勉強と研究を続けていた。満遍ない知識と、どの分野にも共通する事柄を発見したときに、言い知れない、喜びを感じた。分からなかったことが、分かることが、何よりも嬉しいと腑に落ちた。

12.早くに両親を亡くし、兄と懸命に働いてきた。独立してからは、いろいろな人にお世話になった。兄を難病で亡くし、従業員からは度重ねて裏切られ、自分も持病と難病に苦しんだ。妻と5人の子供のために、自分の人生と向き合った。全部自分で決められることが、一番好きだと、心から気付けた。

13.両親ともに難病で亡くし、同じ病で若くして亡くなった妻、生きる意味は、子供を育てるだけだった。いつもは、食事を作るだけで、人がどう食べるかは見ることがなかった。オープンキッチンのお店で働き出し、自分が提供した食事を食べて、おいしいって変わる人の表情が、すっごい楽しいって、感動した。

14.田舎から両親の反対を押し切って、結婚して都会に出てきた。離婚して仕事と育児の両立は大変だったが、やり甲斐はいつも感じていた。一番大切な子供が、どんな状況になってもバックアップできるようにしている自分に気がついた。自分の存在は、どんな人でも癒せる母のような存在だと気づいた。

15.両親は、人生のレールを決めて、その通り歩むよう強制した。結婚相手も、反社で強引な人だった。夫と死別後、懸命に自分の人生を模索した。美容業界で、自分の技術で人を助けることが、何より感動することだと気付けた。

16.小学校の時、いじめられた時期があった。反抗期はあったが、悪くなりきれなかった。割とどんな人にも、勇気づけたり、やる気にさせたり、元気づけたりする人間関係だった。社会人になってからは、なぜか無形商材の仕事ばかりやることになった。人生の生き方として、どんな時も大丈夫って人に言ってあげられる、そんな在り方が、自分らしいと思った。

17.両親と兄弟からは、暴言や暴力を小さい時から受けていた。結婚しても夫とその子供から、暴言と暴力を受け、離婚した。10年以上、鬱を患い、普通には働けなかった。職場で、ぱあっと明るくなる雰囲気が好きで、場を持ち上げることがあった。お金や仕事よりも、自分らしい暮らし方は、仲良く話すことが、何よりやりたいことだと気づいた。

18.母から、「あんたなんか、産まなきゃよかった。」と言われ、兄からは、暴力を日常的に受け、ナイフでお腹を刺されたこともあった。親身に相談に乗ってくれた人もいたが、多重人格的に変わる性格と記憶に、人生を終えようと試みたこともあった。そんな自分でも、受け入れてくれた人と共に、同じ時間と場所を共有し続けたいと思った。常に安全と安心を感じながら生きることが、自分の一番の人生の目的だと何度も納得した。

19.父は中学の時に亡くなった。母は社会人になった後、孝行する前に亡くなった。兄は、事故で脳に障害を負った。働きながら学校へ通い、一流と言われる大学院まで行き、好きな科学が活かせる仕事に就いた。報酬や待遇よりも、何か物足りなさを感じて、同業種に転職した。自分の喜びは、人生を通じて、人を支えることだと確信した。この気づきのために、過去があると思うと腑に落ちた。

20.家族経営だった先代からの会社を、2代目で日本一にしようと頑張った。従業員の意気地なさや、能力不足に、毎日イライラし、落胆していた。後継にと考えた息子には、一番失望させられた。感染症問題と、借金の中で、自分と向き合う大切さを学んだ。人が重いと感じるほど、愛しむのが、自分の在り方だと気づいた後は、奇跡的なことが2度起こった。